乳がんQ&A・院長コラム

エヴィデンス馬鹿

2013/05/30(木)

いわゆる‘エヴィデンス馬鹿’を憂う昨今

 今日の医療には個々の医師の経験・実績ではなく、科学的根拠、いわゆる‘エヴィデンス’に基づいた診療が求められており、癌治療の標準的医療水準も各種学会のガイドラインを踏まえたものとなっています。実際、ガイドラインに準じた治療を行うことで治療成績、生存率の改善が得られることに異論はないと思います。どんな片田舎でもガイドライン・エヴィデンスを踏まえることで、なんら遜色のない診療を行うことができます。一方で、ガイドラインから逸脱した診療を行えば、知らなかったでは済まされず、時として法的にうるさい事態になりかねません。

 このように日常診療において無くてはならないエヴィデンスですが、近頃、違和感?弊害?を感じることがあります。乳癌に関して言えば、術後の定期検査についてです。エヴィデンスでは術後に定期的に血液検査や画像診断を受けることを推奨していませんし、価値がないとしています(診察と年一回のマンモグラフィーで良いと)。すなわち、再発の早期発見は意味がないとしているのです。患者様は困惑しますが、医師はガイドラインに推奨されていないので、堂々と不要だと言いきります。ここには時として血が通わない雰囲気が生まれます。医師は‘エヴィデンス馬鹿’になってはいないのか?患者様と対面する医師は、常に患者様の深層心理を探るべきです。非侵襲的な検査であって、それらを行うことで患者様が安堵できるのであれば、エヴィデンスは引っ込めておいて良いと思います。医療費の無駄遣いにも当たらない。診療には心のケアが含まれているはずですから。

 また、ガイドラインに記載されていないケースに出くわした時にはどうする?見ただけで手術は困難な進行乳癌と診断できる認知症の高齢女性。診察はさせてくれますが、画像診断や組織の採取などには一切応じてくれません。唯一、飲み薬は受け入れておられる。乳癌であることは間違いないのですが、‘エヴィデンス馬鹿’はここで診療拒否・終了となります。組織が入手できないと確定診断に至らず、また、効果がある薬剤がわからないからです。乳癌は70〜80%の確率で内分泌療法が奏功します。1日1錠の内服に期待が持てます。3〜4ヶ月で効果が判定できます。癌の縮小が認められればしめたものです。もし、無効なら内服の化学療法に切り替えればよいのです。ガイドラインには無いけど、許される診療行為と確信しています。エヴィデンスと相反し、今は肩身が狭くなった‘経験・実績’がなせる業なのです。

 ガイドラインを熟知することは必要不可欠で、記憶学問であるから若い医師こそ得意な領域です。正しい診療を実践するために知識を無限に増やしてほしい。と、同時並行で疾患ばかりでなく、患者様を人として診る技量も身に付けるべきです。ガイドラインは全てには応えてくれません。個々の患者様が望んでいることへの対応は記されていません。誤った診療は許されないけど、間違ってはいない医療行為もあるということは‘経験・実績’しか教えてくれません。昨今、ガイドラインを丸覚えした‘エヴィデンス馬鹿’が増え続けることは避けがたい感があり、医師だけでなく医療全体が‘血が通わない’雰囲気に包まれ始めていることを憂慮しています。