乳癌の手術について

乳癌の診断確定後について

乳癌の診断が確定すれば、しこりが小さくて早期だと考えられても念のため全身検索、すなわち転移がないかどうか、または合併病変がないかを調べる必要があります。腋のリンパ節転移は別として、内臓(肺や肝臓など)や骨などへの転移、いわゆる遠隔転移が明らかに認められると判断された場合は手術の適応はなくなり、お薬(内分泌療法や抗がん剤と呼ばれる化学療法、癌細胞のみに作用する分子標的薬剤など)や放射線による治療の適応になります。
また、術前に乳腺のMRIを撮影することも一般的です。マンモグラフィーや超音波検査では確認し辛い多発病変の有無や乳管内の広がりを判定することに役立ちます。ひいては温存手術が可能かどうか、および温存手術での切除範囲決定の一助となります。

乳癌の手術について

乳がん手術

欧米からはずいぶん遅れましたが、昭和60年前後(1985年頃)から日本でも行われるようになった乳房温存手術(部分切除術)+術後温存乳腺への放射線照射、すなわち乳房温存療法が現在は主流となっています。これは全切除術と温存療法との治療成績が同等だということが明らかになったおかげです。‘乳房は全部取っておいた方が安心よ’は間違いです!と、声を大にしてお伝えしたいと思います。よって、乳腺全体を切除するか部分切除にして乳房を温存するかは基本的には患者様の希望で決定することが可能です。また、諸検査の結果から温存が困難・危険と判断された場合には全切除を行い、乳房を再建することも保険で認められています(まったく手術を要さない[切らないで済む]治療法はまだまだ試験(実験)段階にあるに過ぎませんのでお話しようがありません)。

乳がん手術の原則は温存手術です。

当院でも8割以上の方に温存手術を行っています。手術の傷も小さく、目立たず、乳房の変形も最小限になるよう工夫します。もし、診断時の乳癌が大きくて温存が困難と考えられる場合には術前に抗癌剤による化学療法や内分泌療法(内分泌療法は閉経後の患者様のみ)を行って、縮小させて温存を試みることも一般的になっていますし、この術前化学療法はガイドラインでも実践するよう推奨されています。
しかし、以下のケースでは温存手術を行わない、またはお勧めしないことになります。これらの場合は、胸部の筋肉(大・小胸筋)は残す胸筋温存乳房切除術が望ましいことになります。


  • ガイドラインでも実践するよう推奨されていますが、温存手術を行わない、またはお勧めしない場合もあります。
  • 適応があっても御本人が全切除を希望される。
  • 放射線治療は絶対受けたくない方。
  • 同一乳房内に癌が多発し、かつ散在している
  • 広い範囲の乳管内に癌が存在する(乳管内進展が高度と予測される場合)。
  • 術前化学療法・内分泌療法によって癌の存在範囲が縮小しなかった。
  • 仰向けに休んで患側上肢を挙上出来ない方や膠原病の強皮症・SLEを合併している方は放射線治療が困難ですので温存手術の適応には注意を要します。

術後放射線治療の補足

温存手術では乳癌の周囲に正常な乳腺組織を付けて必要最小限の部分切除を行います。術後の病理学的検索で十分に余裕を持って取り切れていると判明した場合には(例外はありますが)温存術後の放射線治療の省略を考慮しても良いとされています。一方、全切除術を行っても5㎝以上の乳癌や‘わき’のリンパ節転移が多かった場合などには患側の胸壁や鎖骨の上に放射線を当てることが推奨されています。

照射は週5日(月曜~金曜)、計25回または30回行われます。実際の照射時間は数分ですし、予約制で患者様のご都合に合わせることができます。一回の所要時間は受付されて照射後に精算を済まされるまでで30分です(当院には照射装置がありませんので、健康保険八代総合病院にご紹介して受けていただいています)。これまでに副作用で中断・中止された方はいらっしゃいませんので安心して受けることができる治療法です!

費用は3割負担で初回にCTを用いて行う照射野設計に12000~15000円必要で、二回目からは毎回3000~4000円のお支払になります。

手術時の麻酔について

手術時の麻酔は硬膜外麻酔と軽い全身麻酔の併用で行うことが原則で、手術時間は部分切除とリンパ節郭清とを行っても1時間前後です(当院での手術施行最高齢者は90歳です)。朝から行うと夕方には歩いたり、食事をしたりと普段通りの生活ができます。

入院期間・お支払いについて

当院での入院期間は術式にかかわらず6日間を予定しています。退院時のお支払いは3割負担の患者様で17~18万円ですが、高額療養費制度が適応されますので加入されている保険の担当窓口(保険証に記載されています)に申請されると上限を超えてお支払いになられた金額は還付されます。入院前に保険の担当窓口に申請されて「限度額適用認定証」を取得されて、入院時に提出いただくと上限額までのお支払で済みます。

退院後の生活について

乳がんの退院

退院後の生活は術前通りで、お仕事にすぐ復帰される方も少なくありません(術後の化学療法や放射線治療がある場合は異なりますが)。特段のリハビリも必要なく、日常生活がほど良いリハビリになると考えます。正しい知識を得ていただくために、入院中とその翌月に患側上肢のリンパ浮腫についての指導をパンフレットやDVDを用いて行っています。


センチネルリンパ節生検・リンパ節郭清について

乳癌が転移しやすい腋(わき)のリンパ節を手術で広範囲、かつ徹底的に切除する根治的郭清術を行うことが過去の乳癌手術の王道でしたし、正しいことだと永く確信されていました。しかし、その施術が治療成績の向上には貢献しないことが明らかとなり、逆に上肢のリンパ浮腫は術後の由由しき後遺症として多くの患者様を悩ませて来ました。よって、術前の画像診断で腋のリンパ節転移が明らかでない場合はリンパ節郭清の範囲の縮小や省略ができないか?という点に着目するようになりました。そこで確立して来た概念がセンチネルリンパ節(見張りリンパ節)生検です。これはその患者様の乳癌が最初に転移するであろうと推定されるリンパ節をお一人ずつ個別に色素や放射性物質で特定し、まずはそのリンパ節のみを採取します。そのリンパ節に転移があれば通常の郭清術を行いますが、転移がなければそれ以上の郭清は不要ということになり、不必要なリンパ節郭清が省けることになります。当院では色素法を採用して、必要最小限の郭清に努めていますので日常生活の支障となるような後遺症を来すことはありません。

(当院での経験では1.術後の放射線照射、2.多数のリンパ節転移、3.肥満・脂肪過多、この3要素がリンパ浮腫発症の危険因子で、2因子以上に該当すると発生しやすいと考えています)